プロフィール

父は製材業を起こし小学生の頃から父と一緒に山の木を見に出かけていました。
当時は山ごと買い伐採し、その丸太は個人の大工さんからの注文を受け製材販売が主だったようです。
また材木市場へ出かけやはりそこで丸太の購入も多かったと思います。
山の木は1本1本すべての木の種類と太さを測り石数(㎥)を算出し入札していました。
小学校の高学年の夏休みなどは事務員の方が休んだ時には製材所に電話番とお茶入れで行くこともありました。

漫画に魅かれた子供時代
小学校に上がる前から兄たちが見ていた「少年画報」や「少年」などの漫画に興味を魅かれ文字は全く読めないのに、古くなった漫画のコマ割りをハサミで切って小箱に保存し宝物のようにしていました。
小学校にあがるとすぐ隣の家のおねえさんが書店で働いていたこともあり、月刊誌「小学1年生」を購入してくれるようになりました。
月1回の発売日はとても楽しみで連載されていた「にっこり横丁」「鉄のサムソン」は特に好きで、ふろを薪で沸かす時はいつも手元に置きコマのセリフは全部暗記するほど何度でも読み返していました。
小学校5年生くらいになり少年サンデーや少年マガジンに興味は移ります。
当時1冊40円だった少年サンデーの「伊賀の影丸」に夢中になり模写するようになりました。
中学校にかけては大学ノートに様々なオリジナル漫画を描き1冊の肉筆誌も作るようになってました。
大学受験に失敗し東京にでて浪人しながら夜間の「千代田デザイナー学院」の漫画科に通いデッサン、クロッキー、ひとコマ漫画、4コマ漫画など1年間勉強させていただきました。
その仲間で青焼きの「YAKAN」というミニコミ誌も出していました。
私は夜間の漫画科の生徒の中では最年少でもあり大学受験もひかえていたので積極的な参加はひかえてました。
大学に通うようになってから「第1回コミックマーケット」に参加した事は自慢できます。
漫画科の中に講談社で働いていた方がいてミニコミ誌をマガジン編集長にみていただき、私の漫画をほめていただいたことはとてもうれしかったです。

マンガのブログは下記にありますのでちょっとでも関心示された方には是非覗いていただきたいです。

ブログ「マンガむかし・いま」

YAKANに関するエピソードはリーダーミノ・テツ氏が掲示板で当時を思いだしつづってくれたのを「YAKAN録」としてサイトにアップしています。
「YAKAN録」
そんなこんなで仕事は何をしたかというと「喫茶店」でした。
十数年続けましたが喫茶店をやりながら電動糸鋸を購入し作り始めたのが木のパズル
そして1994年には以前から魅かれていたパソコン・プレステを購入し、漫画・ゲーム・木のパズルの3本立てで斜陽化しはじめた喫茶店のたてなおしを計ろうとしましたが限界を感じました。
翌年Windows95が出てこれからはパソコンの時代が来るな、と思い独学で勉強しはじめ、98年には子供向けパソコン教室をはじめました。
パソコン教室は手ごたえを感じるようになり2000年には喫茶店は廃業しました。
喫茶店をやりながらも木工関係の本はかなり購入していました。
全国の木のおもちゃ作家の作品を「中川木材店」「銀河工房」さんの作品も仕入れ販売もしていました。
娘が生まれ3才になったころ「銀河工房」さんの「手づくり木のおもちゃ」のパズルを作ったところ「お父さんすごい!」と手をパチパチとたたかれより熱が入りました。
娘が保育園から帰ってきてからは喫茶店のカウンターにすわらせスケッチブックでお絵かきをさせていました。
娘の絵の進歩をずっとみているうちに「この絵をモチーフにしてオリジナルの木のおもちゃを作ったらおもしろいのでは?」と考えたのが今から30年くらいまえです。
ミシンソーを使って木のパズルを作るようになって、ある時「ぐんま遊木民」という木工作家の会があることを知り参加させていただきました。
この会の会員の経歴、考え方などはとても新鮮に感じました。
2年余りの会員でしたがこの会に属していたことはその後とてもプラスになっています。
2011年に今まで作った木のおもちゃをまとめておこうと思いブログを開設したところコメントがついたりして、さらに作成意欲がわいたりもしました。
平成25年にあるきっかけで「ビジネスコンテスト」に出たところ「子どもの絵から木のパズル等」が評価され優勝することができました。
「絵&木」

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